case07 理想の家をしたためたメモでイメージどおりの家をカタチに

「地盤沈下」をきっかけに理想を実現するこだわりの家を計画

敷地の地下に大きな空洞が

京都市の北西部に位置する亀岡市。周囲を山に囲まれ、保津川下りの始点としても知られる同市は、山陰本線で京都市内へ20分余りという場所にあり、近年は京都市の衛星都市として多くの住宅も建設されています。依頼主である上野さんの住まい「[墨家/澄家/棲家]~スミカ~」も、そんな住宅の1つで、もとは20年以上前の造成地上にあった建売住宅を建て直したものです。

上野さんご夫婦が建て直しを決意したのは、前の家のローンが終わるタイミングだったことや、41歳というご主人の年齢から組めるローンの額、さらには建物の老朽化などいくつかの問題が重なったこともありましたが、最も大かったのが「地盤沈下」でした。

「道路面より2m上部が宅地地盤で、その周囲2辺が擁壁で囲まれているのですが、その擁壁は途中で折れて沈下していました」と言うのは、設計を担当した建築研究室[FaE]の中西義照さん。その原因は、建て直す際に地面を掘った時に分かりました。何と地中に水が流れ、それにより土が浸食されて空洞ができていたのです。

もともと亀岡盆地は、その昔大きな湖でした。風が吹くと美しい丹色の波が立ったところから、このあたりを「丹のうみ」や「丹波」と呼ぶようになったとの故事からも、地中に地下水路があっても不思議ではありません。しかし、家が傾いているせいで建具に隙間ができ、冬は風が吹き込んで非常に寒かったそうで、「私は寒がりで、とてもこれでは住めないと思いました」と上野さんは振り返ります。


擁壁は割裂し不安定な状態。宅地の安定化からの計画となりました。

長年書き溜めた「上野メモ」の存在


奥さんの家への思いが詰まった「上野メモ」

建て替えを考え始めたのは、上野さんよりも奥さんの方が先だったそうです。「具体的に意識し始めたのは、建て替えの5年くらい前でした」もともと他の人の住まいを見るのが好きだったという奥さん。前の家は建て売りで、水周りなど使い勝手が悪かったこともあり、漠然とですが自分の住みたい家のイメージを考え始めていたそうです。

建て替え計画もない時分から、建築雑誌や専門誌、テレビなどで、気になったことや気が付いたことがあれば、記事をスクラップしたり、メモとして書き残していた奥さんは、建て直しが決まったときにそれらを整理して、中西さんに。中西さんが「上野メモ」と名付けたこの資料は、A4サイズ20ページものボリュームでした。

この「上野メモ」、実は家づくり計画に思わぬ形で大きな影響を与えたことがあります。中西さんに依頼する前、とある工務店にお願いすることを決めた上野さん。話はトントン拍子に進み、実施設計寸前まで話は進みました。ところが、さてこれから、という時点で工務店から「とてもできません」と断られてしまったそうです。その原因は「上野メモ」の存在。「あまりに細かい要求が多く、予算面での折り合いもあって、とても無理と判断されたようです(笑)」と上野さん。

しかし、長年に渡り住宅にこだわりを持っていた奥さんは、ご自分の意見を曲げることなく、予算内で希望の家を造る方法を探すことに。そんな時、たまたま出会ったのが『価格の見える家づくり』という本。そこで紹介されていた「分離発注方式」なら可能ではないかと考え、京都でオープンシステムを手がけている建築家に的を絞り、複数いる設計会員のHPでこれまでの事例を比較し、中西さんを選んで事務所にメールを送ったのです。

最初からイメージが一致

中西さんは亀岡に自宅を構え、そちらも仕事場としていますが、仕事の都合から京都市内の嵐山の近くにも事務所を構えていて、上野さんご夫婦が最初に訪問したのも、そちらの事務所でした。

中西さんとは初面談とはいえ、すでに工務店との打ち合わせを経験している上野さんご夫婦の中で、家全体のイメージは固まっていました。そのため最初からかなり具体的な話ができたそうです。

中西さんが最初の打ち合わせでスケッチ風に描いたデザインを見て、上野さんは「最初からイメージが合っていました。その場ですぐに設計をお願いはしなかったですが、妻とも『中西さんなら大丈夫だろう』と話をしていました」と好印象。一応、他の建築家の可能性を探ったものの、3ヵ月後には正式に中西さんに依頼されました。もちろん、その際に「上野メモ」は中西さんの手に渡っています。

メモの印象について中西さんは、「何せボリュームがすごくって。すべてを読んで、上野さんご夫婦の考え方を理解するのに時間がかかりました。でも、内容が具体的でしたから、設計はやりやすかったです」と語ります。

中西さんは、上野さんの家を担当して以降、建て主のイメージを掴みやすくするために、上野メモに見習って、切り抜きを用意してもらったり、メモを書いてもらったりするように心がけているそうです。おかげで、以前より依頼主が求める家のイメージが捉えやすくなったといいます。

「空洞」を活かした住まい


無柱空間を利用して設けられたガレージ。上部にはバスルームとバスコートが。

いかに詳細なプランを用意しても、予算の関係上100%実現するわけにはいきません。だから、できること、できないことの仕分けを行い、コミュニケーションを重ねて、納得してもらいながら取捨選択を繰り返しました。

予算が厳しくても上野さんご夫婦が譲れなかったものの一つが外断熱。「本を読んで、素人の私でも外断熱の効果がよく分かりました。これならば確実だろうと思ったからです」と奥さん。確かに、コンクリート構造物など熱容量の大きい建物の外側に断熱層を設けることで建物を外気から断熱して、建物に貯められたエネルギーを逃がさないようにする外断熱は、構造がシンプルなだけに、素人でも理解しやすく、その効果も確か。

また、上野邸の設計では、構造設計にも工夫が凝らされました。壊した前の家と同じく2階建てにすることは決まっていましたが、89・53㎡の敷地は、いわゆる狭小住宅に分類され、さらに地下に空洞があることから、単純な2層住宅にするのは困難。そこで、中間で折れていた擁壁を再構築する際に生じた隙間をRC造の地下室とし、上部の建物は木造二層の軸組みを覆い被せるように載せ、その下はガレージにすることにしたのです。

実は中西さんの京都の事務所には、構造事務所が同居していて、上野邸の設計では相談段階から構造的な検証と意匠のすり合わせがリアルタイムにできました。今回のような土台から設計を考えなくてはいけない場合には、クライアントに対しての説明にも立ち会ってもらいながら仕事を進める方法が極めて有効。「駐車場上の張り出し部分などは、一見すると『恐い』と感じられると思うのですが、構造設計者が直接、構造的な説明をしたことで、上野さんご夫婦にも安心してもらえました。構造設計者が横にいれば心強いですから、他の方にもお勧めします」と中西さんは言います。

結果として、地下室へは道路からバリアフリーでの動線が確保され、地下と1Fの両方からのアプローチができるようになりました。今は離れて住む上野さんのご両親と一緒に暮らす状況も考えての備えになっています。


  • 階段を上がった1階の玄関の扉は黒い杉の1枚板で造られています。


  • 地下1階の玄関は、勝手口として利用されています。


  • 明かり取りの窓は、中央のピラーのない物で、という上野さんの希望で、引き違い戸の一方だけが使われています。

「依頼主」VS「設計者」ではなくものづくりの仲間として

8ヵ月かけて丁寧に建設


下駄箱の天板はちょっとしたディスプレイスペース。今は香炉が置かれ、屋内にいい香りが漂います。


階段は、小さな空間でも圧迫感を与えないようにデザイン。踏み板は木製、踏み板を支える側桁はスチール製。

8ヵ月かけて丁寧に建設

実施設計の後、3月に工事が開始されると、上野さんご夫婦は徒歩数分の場所にアパートを借りて、都合がつく限り頻繁に現場に足を運びました。

小規模にもかかわらず、工期は約8ヵ月かかり、完成したのは秋の気配が漂う10月。これだけ時間がかかったのは、第一に、地盤が軟弱だったために、基礎工事に十分な時間を必要としたからです。また、狭小住宅のため、重機の作業が難しかったこともあります。さらに、上野さんご夫婦からの仕様に関する細かな指示に対して、間違いがないように確認して作業を進めていったためででもありました。

「中西さんが、なかなか決断してくれなかったので、遅くなった面もあると思いますよ(笑)」と奥さん。そんなストレートな会話ができるのも、家を建てる過程でどんどん親しくなったからにほかなりません。上野さんご夫婦と中西さんは同学年で、同じ亀岡市の住人であることも共通項。依頼主と設計者としてではなく、「ものづくりをする仲間」という意識が、作業を進める中で生まれた何よりの証しと言えるでしょう。

こうして完成した「[墨家/澄家/棲家]~スミカ~」は、外観は黒のスパンドレルと黄金比に切り取った無双(可動する)格子で構成されており、通風と隣家からのプライバシーに対して配慮し最小限の窓しか設けていません。そのため、光の入り方も静謐な、一見オシャレな飲食店のようにも見えます。


2階の廊下は、屋根のトップライトから入る光が1階まで届くよう強化ガラスの床に。柔らかな光が降り注ぐ四角い窓は、京都の町家の中庭と同じで、奥の間に太陽の光を届ける役割を果たしています。

一方、内部は、「ノスタルジックで古物が似合う、燦々と明るくない家」という上野さんのリクエストに応えて、外観のイメージをいい意味で裏切って、土間のある和モダンな造りに。「内部計画では、5つのコートを立体的に縦走または並走させて、ポーラス(※)な空間構成を通風や採光に活用し、内と外のつながりを持たせる中間領域という位置づけとしました」(中西さん)。

具体的には、杉を主体とする木と珪藻土の家で、しかも中で使っている木はすべて墨色に着色。さらに、ご夫婦が趣味で集めたアンティークの小物を色々な場所に置く際に、それらが映えるように、背景となる壁は白壁に。ただし、黒と白のコントラストだけでは単調になるため、部分的に強化ガラスや鉄、ステンレス素材を使うなどのアクセントも施されています。

※ポーラス
空気をよく通し、空気で包まれた建物にするために、中空部分を多く設けて、外気が建物内をよく通るようにすること。

[墨家/澄家/棲家]~スミカ~


タタミスペースの中央には杉材の掘り炬燵が造りつけられています。その後ろにある壁には、一面を使って収納スペースがあり、右側はクローゼット、左側は液晶テレビなどがコンパクトに納められる棚になっています。


タタミスペースの中央には杉材の掘り炬燵が造りつけられています。その後ろにある壁には、一面を使って収納スペースがあり、右側はクローゼット、左側は液晶テレビなどがコンパクトに納められる棚になっています。

[墨家/澄家/棲家]~スミカ~

この家は、ご夫婦が収集している骨董品が映える器としての墨色の空間[墨色の家=スミカ]、建築手法は分離発注(コンストラクションマネジメント方式)で価格の透明性を目指した家という意味の[澄家=スミカ]、お二人が愛着を感じ棲み続けていける家[棲家=スミカ]となるよう願いを込めて「~スミカ~」と名付けられました。

「[墨家/澄家/棲家]~スミカ~」の特徴は、まず第一にオール電化住宅という点。外断熱を活かし、割安な深夜電力を利用する蓄熱暖房器(北海道電気(株)の暖吉くん5キロワット、130Mj)でレンガを温め、その熱を利用して暖房を行っています。ちなみに、寒さの厳しい冬でも、地下の寝室に設置したエアコンの暖房と床暖房(フィルム状PTC床暖房)を設置した掘り炬燵で快適に過ごせたといいます。

第二は、「風呂から外を眺めたい」という上野さんの要望に応えて、駐車場の上に、パティオのように壁と庇で囲まれた小さいバスコートを設けている点。「この空間を設けたことで、DKからの入り口を開け放てば無双格子までが部屋の延長のように見え、家全体に奥行きが出ました。さらに、上野さんがお望みであった町屋の明暗のイメージも創れました」と中西さん。

日本旅館のエッセンスを取り入れ細部にまで工夫を凝らした住まいに

ノスタルジックで古物が似合う、燦々と明るくない家


トイレの照明も、裸電球を使った傘有りのアンティークなものというこだわり。


書体が特徴的な表札は、石を切り取って張ったもの。こういう細かいところにも、ご夫婦のこだわりが感じられます。

ノスタルジックで古物が似合う、燦々と明るくない家

天井がない空間であることから、浴槽からバスコートを見上げると、壁で囲まれた空が切り取られたように見えます。また、可動式の格子で昔の民家などにもよく使われている「無双格子」を西面に設置し、通風とプライバシーと相反する要素を満足させることにも成功。「バスコートは西に面しているので、浴室から直接出られて、無双格子で視線も光も風も調節できるのがいいですね」(上野さん)。

環境性能に関しても、部材にはできるだけ京都府内産木材を使用。また、下地材や仕上げ材は3R(Refuse、Reuse、Recycle)が可能な素材を選択し、断熱性能は外断熱とし、次世代エネルギー基準を達成しています。

その他、柱の収納部を丸形にしたり、階段の壁にものが置けるように棚をつけたりと、細部にわたってデザイン上のこだわりが見られるのも、この家の大きな特徴の一つ。


地下室にある寝室は防音効果も高く、ホテル勤務で時間が不規則な上野さんにとって快適な睡眠スペース。壁が地面に接する部分は、水への備えのため2重壁に。



上野さんが見つけてきた陶器の照明スイッチ(アメリカ製)。和の雰囲気の建物にもしっくりと。

「[墨家/澄家/棲家]~スミカ~」には、日本の伝統的なテイストを醸し出すインテリアがいくつも取り入れられていて、どこか高級な温泉旅館の雰囲気を感じさせます。それもそのはず、上野さんはホテルマンという仕事柄、日本各地の温泉にある評判の旅館を巡る機会が多く、そこで気に入った意匠を取り入れているからです。

実際に住み始めて半年が過ぎ、上野さんに住み心地について訪ねると、「こうした空間で暮らしたいと願ったのが実現したのですから快適です」という答えが返ってきました。一方で、「実際に住んでみると掃除がやりにくかったり、あれだけ考えたのに『こうすれば良かった』と思ったりするところが、いろいろありますね」と奥さんはおっしゃいます。

「もし次に建て直す機会があれば、また中西さんに頼みますか?」と訪ねると、奥さんからは「どうでしょうか(笑)」との返事が...。でも、そんな声にも中西さんが表情を変えることはありません。共同で家づくりをしたことで、お互いに深い部分まで打ち解けているのが感じられます。そうした人と人との信頼できる付き合いが生まれるのも、分離発注という依頼主と設計者が協力して家づくりをすることの魅力と言えそうです。


  • 上野さんのリクエストで、階段など各所にアンティークの小物が置ける棚が。


  • 土間正面の照明器具は、看板灯として使われていた物を上野さんが手に入れ、ブラケットとして再生。

  • 記事を書くに当たっては、forma建築研究室[FaE]のHP中の「スミカ建築ブログ」を参考にさせていただきました。上野さん宅における地盤改造から完成までの建築の進み具合の様子が詳しく紹介されていますので、そちらもご覧いただけたらと思います。

    一級建築士事務所
    forma建築研究室[FaE]HP
    http://www.forma-fae.com/

DATA 上野さんの家