稲妻階段のある家 無駄なものをそぎ落とした 「引き算」建築の魅力

リビングルームの広さは21畳。真ん中にある鉄骨階段と木製の縦格子が、 光や風の邪魔をしないで空間を2つに。真ん中にある化粧柱は5寸の檜。 栃木の材木屋さんが格安で譲ってくれました。

少しでも自然を感じながら 暮らしていきたいから

赤ちゃんの誕生と同時期に家が完成赤ちゃんの誕生と同時期に家が完成

Yさんのお宅を設計したのは、横浜市の建築事務所ナインマンス(9months)。「1つの建物の誕生過程を人の生命が誕生する神秘に満ちた時間になぞらえて」社名としたのだそうです。

一方、Yさんの家の竣工は2008年の11月。Yさんのお宅で赤ちゃんが誕生したのはそのわずか3か月前ですから、Yさん夫婦は本物の「ナインマンス」の期間、どっぷりと家づくりに関わっていたことになります。そして新しい家は、赤ちゃんとほぼ同じ時期に誕生したのです。

ここは閑静な住宅街ですが、道路をはさんだ目の前には梨園があり、道路と建物には1mの高低差があります。立地を生かして、開放的な家をつくりたいと考えた担当建築士の三宅由希子さんは、敷地の広さと段差を生かし、庭は岩石の間に植物を植えていくロックガーデンに。家から眺めると、ロックガーデンの先に梨園が広がり、緑が連続して見えるよう工夫されています。

玄関の横に植えられたシンボルツリーは錦木(ニシキギ)。紅葉が美しい樹木で、その姿が錦の織物のように見えることが名前の由来だとか。「錦を飾る」につながる縁起のよい木と言われています。色とりどりの美しい花に見とれていたら、「柚子の木もあるんですよ」と奥様。「どうして柚子なんですか?」と聞くと、「だって食べられるじゃないですか」とにっこり。この家では自然の恵みもさりげなく手に入れられるようです。

ツートーンのすっきりとした外観。道路との高低差が1mあるため、段差を生かして庭はロックガーデンに。屋根はガルバリウム鋼板葺き。外壁はサイディング下地の上に塗り壁仕上げ。


可能なかぎり環境に配慮した家づくり

左)洗い出しのコンクリート、栗石の階段、アースカラーのタイルへと続くアプローチ。両側の枕木と緑のメッシュボックスが印象的。上の部分は、植物が成長するときれいにグリーンで覆われます。
右)メッシュボックス(小岩金網製)を土留めに利用した。金属製のバスケットに石を詰め込んでいく仕組み。

可能なかぎり環境に配慮した家づくり

奥様は行政の環境政策などを支援する環境コンサルタント。職業柄、可能な範囲で環境に配慮した家づくりを目指したそうで、木造住宅にしたのも環境を考えてのことでした。

「木造住宅にして長く住宅を維持すれば、二酸化炭素を固定化できます。また国産材を使用することで、山に資金が還元され、森林の持続的管理につながっていくことを期待しました」。

また、使用するエネルギーについてもよく研究されています。日射熱を遮断するため庇をつけ、省エネ性能のよいエアコンを選び、省エネシステムを導入。さらに都市ガスで発電し、排熱を給湯などに利用する「エコウィル」も採用されました。

「本当は家庭用燃料電池を採用したかったのですが、初期設備費が高いのと、前例が少なく、メンテナンスとランニングコストの面が不明確だったので止めました。コストパフォーマンスで言うとオール電化のほうが安いのかもしれませんが、オール電化は料金体系が時間帯で変わることから、その時間帯に縛られる生活になるのではという懸念がありました」。

エコウィルには、NEDO(独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の補助金制度があったので、それがどんなものかを試したいという目的もありました。NEDOの補助を受けるためには、普通の戸建住宅が年間に消費するエネルギーよりも25%程度削減すること(国の「次世代省エネ基準」をクリアし、最高水準の「等級4」を取得する)のが条件。Yさんの家では、高断熱にして省エネシステムを導入することで、無事「エコウィルとエアコンの本体及び工事価格」の4分の1の補助を受けることができました。


デザインも建材選びも、 自分たちらしさが一番

線を徹底的に省いたシンプルな空間

リビングルームの真ん中に階段を据えようと考えたのは、ナインマンス所長、竹内陽さんです。「私、階段フェチなんです。多くの家では、階段は玄関か廊下に配置され、脇役という感じですね。階段下が収納で、ときにはハリーポッターも住んでいたりしますが。もっとカッコ良く楽しく階段登り降りしましょうよ」という提案に、ご主人が反応。その後、他の案もいくつか提出したものの、結局「やっぱりコレ!」と最初の案に戻ったそうです。

また、共働きの夫婦にとって大切なのは朝食の時間。「広くて明るいリビングダイニングルームが欲しい」というのが2人の希望でした。そこで、光と風を遮らないよう、階段に使用する鉄骨は極力薄く細いものに。透ける階段と、和を感じる落ち着いた縦格子は、2つの空間をゆるやかに分ける役目を果たしています。さらに角度によって格子が重なり、玄関側からは奥のキッチンが見えません。デザインだけではなく、機能的にも工夫されているのです。

「お子さんが大きくなってきたら、階段に座ってお父さんお母さんと同じ目線で会話ができます。大人へのステップになる楽しい階段であってほしいですね」(竹内さん)

心に決めていた 木製のガレージシャッター

左)ご主人がフィンランドに出張したときに買ったポストBOBI(ボビ)。
重さ6.5kgのポストを自分で抱えて帰ったそうです。
右)奥様お気に入りの北東側の壁にある丸窓。ここから光が和室に丸く差し込みます。


あるはずのものがない、「引き算」の魅力あるはずのものがない、「引き算」の魅力

ナインマンスは「ジャパニーズモダン」なデザインを得意とし、「引き算の美学」を信条としている建築事務所。確かに、この家には普通の家でよく見かけるものの姿が見られません。例えば敷居や鴨居、床面と壁面が接するところに取り付ける幅木、窓の桟etc....。また、建具は天井までの高さにして、余分な線を省くなど、取り除ける線を徹底的に排除した、すっきりした空間が持ち味です。

柱を露出させる真壁の和室。外の丸窓から入る光と、和室の照明がぴったりマッチ。床の間はあえて床の間用の板を使わず、フローリングの板を真っ黒に塗って変化を出しました。

ナインマンスでは、依頼主と一緒に栃木の材木屋さんに行き、どういうところで育った木なのか、どんなふうに伐採され加工されているのかを実際に確認してもらっているそうです。床に使っている、杉の節なしフローリングも、そこで見つけたもの。階段を支えている檜の化粧柱は、その材木店が「太っ腹」で、格安で譲ってくれました。

「材木屋さんへの訪問は、森林経営の現状を肌で実感することができ、貴重な体験をさせてもらいました」(奥様)


規制に影響されない空間が生まれた!

上)共働きなので、2人の時間は朝がメイン。「風と陽がよく入るダイニングが欲しい」という要望を考慮し、開放感のある設計に。ご夫妻が以前から持っていたこのダイニングテーブルの色が、家のアクセントカラーに。
右)階段を上がったところ。突き当たりが洋室。手前側に寝室(和室)がある。2階の和室の壁は、スイス漆喰を自分たちで塗りました。照明はオーデリック。

規制に影響されない空間が生まれた!

壁は「カルクウォール」というスイス漆喰。中世の漆喰を、当時の成分そのままに今も製造している天然100%の本漆喰で、透明感のある美しい白さが特徴。調湿性にすぐれ、消臭効果もあるといいます。さらに乾燥のプロセスで大量の二酸化炭素を吸収するので、環境面でも優れた素材です。漆喰の壁に無垢の床...。これからどんどん成長していく赤ちゃんにも安心な建材がふんだんに使われている、Yさんの家です。

壁はスイス漆喰のカルクウォール。床は栃木県の材木店で見つけた杉の節なし幅広フローリング。節がなくすっきりしているので、洋風漆喰との相性も抜群。


今度は自分が情報を発信してあげる番だ

出産を間近に控えた状態にもかかわらず、2人は精力的に出かけていきました。特にこだわったのがキッチンやバスなどの水まわり。「コストダウンするには、設備を落とすしかないので、できるだけ安くてグレードの高いものが買いたいなと思って」(奥様)

新宿、青山、横浜、名古屋、相模原...何度もショールームめぐりを続け、岐阜県関市にあるトーヨーキッチンのアウトレットショップにも2回顔を出しました。トーヨーキッチンは新製品の値引きをほとんどしないメーカーですが、ここでは約半額で手に入れることができるのです。

「安くすんだというよりは、水栓、キッチンパネルなどの付属品がつき、グレードの高いものを手に入れることができました」(奥様)

ただ、アウトレット製品には図面がないため、設計上は多少の苦労も。建築士の三宅さんは、お2人にサイズを細かく測ってもらい、それをもとに設計を進めたそうです。

ご主人の身長が183cm、奥様の身長が171cmと、ともに身長のあるご夫婦なので、自分たちのサイズに合ったゆったりした設備を手に入れることも課題でした。そこで選んだキッチンは、270cmの横幅のもの。このタイプなら、ビルトインではない食器洗い機を置くスペースがあります。さらに奥様の身長に合わせて5cm底上げし、バスはご主人が完全に足を伸ばして入れるサイズのものにしたそうです。逆にあまり時間をかけずに選んだのがトイレでした。

「タンクレスなど電気制御と一体化した製品は、故障する可能性が高くなると考えられます。トイレは毎日使用するものですから、修理するまで使用できないとなると生活に支障をきたします。だから、単純な構造で安価なものを選びました。夫の希望で1階、2階のトイレともウォシュレットをつけましたが、取り外し可能な製品にしました」(奥様)

規制に影響されない空間が生まれた!

上)岐阜県関市にあるトーヨーキッチンのアウトレットショップで購入したキッチン(L-BAYL4ESE3ホワイト)。定価1,506,000円の品をアウトレット価格752,850円と約半額で購入。決め手はハンドルのデザインと270cmの横幅。卓上の食器洗い機を置いても十分なスペース。奥様の身長に合わせて5cm底上げしました。
下)WAKOのSpiritual mode(STELLA RX 1620)を人工大理石の浴槽とさわやかな緑色の壁面、メタルパーツを使用したモダンなデザインに惹かれて購入。浴槽は斜めに向いており、183cmのご主人も足を伸ばして浴槽に。値引き価格628,950円。


一方、ご主人は電気設備にこだわりを。電源、ステレオアンプ配線、スピーカー配線、テレビアンテナ配線、無線LAN設置位置、LAN配線などを細かく指定。これで、パソコン内の1000曲以上の音楽を無線LANを経由してステレオアンプに信号を送り、このアンプと天井裏の配線で繫がっているスピーカーから再生できるシステムを作り上げました。「無類の電気製品好きなんです。子ども部屋に4口のコンセントが6つもあるんです。ありえないでしょ」と苦笑される奥様でした。

建具屋さんにつくってもらった洗面室。洗面ボウルはサンワカンパニー。共働きの2人が、朝一緒に利用できるカウンターサイズに。カウンター台はご主人がIKEAで購入。


左:キッチン。パナソニックのFITi(フィットアイ)を選択。奥さまの恵美子さんは、人造大理石の天板とステンレスシンクの組み合わせで探していたが、FITiはその部分の繋ぎの段差がほとんどないのが気に入ったそうです。
右:洗面室と一体化した広いトイレ。開放的な空間が好きな中島さんは、さらにトイレと浴室の間の仕切りを透明な扉に。お風呂はトステムのラ・バス。


建築家との二人三脚で、 理想以上の「理想の家」が実現

規制に影響されない空間が生まれた!今度は自分が情報を発信してあげる番だ

Yさん夫妻がオープンシステムで家を建てることに決めたのは、知人がこの方式で建てた家を見たからだそうです。

「千葉にある家なんですが、床も壁も全部無垢の木をつかった家で、薪ストーブがあり、いろんな工夫がしてありました。せっかく建てるんだったらこだわったほうが楽しいなって思って、それからですね。その人も『同じ品質のものをつくるなら、値段がかなり抑えられるよ』って勧めてくれました」(ご主人)。

知人の家に刺激を受けた2人は、地元でオープンシステムでの建築を手がけている設計事務所を探し、実際に3社と面談。その中でナインマンスが手がけているシンプルでモダンな家が気に入ったそうです。畳の部屋を希望していたので、和風なデザインを得意にしている点もよかったといいます。


小学校のころ「建築士になるのが夢」と 書いたご主人の家づくりは...?

さて、Yさん夫妻によって、実際に理想の家はできあがったのだろうか?

「理想以上じゃないですかね。デザインは自分たちでは思い浮かびませんから。こういう階段とか格子とか建具とかすばらしいと思います」(ご主人)

同じ質問を、設計した側の三宅さんにも投げかけてみました。「思い通りにはできているんですが、建物と一緒にこれからお客さんとどう付き合っていくかっていうのが大切ですね。建てたあとで何年たっても『遊びにきてね』って言ってもらえるような、そういうところまでいけたら、初めて成功したって思える感じです」。

出産が子育てのスタートであるように、家づくりも完成した後が大事ということでしょうか。中学時代の文集に「建築士になりたい」と書いたというご主人は、家づくりの間中、3Dソフトで完成予想図を描くことに夢中になったそうで、色を検討したいときなどは、ご主人が描いた画像が役立ったといいます。家づくりに対する興味や情熱が、満足できる住まいに結実したに違いありません。

出張の多いご主人は、外国からでも我が家のようすが眺められるように、リビングにWEBカメラを設置しています。家が完成した年に生まれた夫妻待望の女の子も、これから家と一緒に成長していくのでしょう。

 


ご主人が家づくりの途中、3D ソフトで制作したリビング棚。実際にできあがった棚(下の写真)と見比べると、かなり正確にできあがりを把握していたことがわかります。



4口のコンセントを3つ設置。取り外し可能な板を手加工してもらい、配線を隠しました。パソコンに保存した音楽を無線LAN 経由で天井のスピーカーから聴くことが可能。


ナインマンス 竹内陽・三宅由希子 (神奈川県 横浜市)